Ruby言語やLinuxのネタが多いです。
December 09, 2004 [おもひで]
■ 1999年
実はこれより1年くらい前からローカルに日記&備忘録をつけていたのだけど、この年からやばい私生活の部分を削って公開するようになった。サイトは手書きのHTML。当時はまだあまりCSSが普及してなかったよね。
いきなり最初の日記でLinuxのカーネルを2.2.0にあげたことが書いてある。この頃はとにかくいろいろとコンパイル&インストールして楽しんでたようだ。RedHat5.2かぁ。日記に残ってはいないんだけど確かその前はSlackware + JF使ってたんだっけ。
この頃のマシンはCyrix 6x86 P200+の自作PC。うーん、懐かしい。さすがにKDEは重くて使えなかったらしい。Window MakerがメインのX環境だった。
GTK+も1.1.xかぁ。GNOME-1.0.0とかKDE-1.1.0とか。Vine Linux 1.0入れたりもしてる。XEmacsとかも自分でコンパイルしてるよ...。
Kondara MNU/Linuxなサイトが出てからは、そちらからRPMを頂いてきてはインストールしてる。好きだねぇ、オレも(^^;)。
■ 2000年
Sound Blaster Live!を買ってから音楽系のソフトを探してきてはコンパイル&インストールするようになった。仕事の関係もあってJavaのネタが増えてきてる。JDK1.2かぁ。Blackdownっていう有志が作ってたものからSun自身がリリースするようになったんだっけ。
rootで rm -rf (重要なディレクトリ)/なんてやったのもこの時期か...(^^;)。
weexというFTP uploaderを使ってサイトを更新するようになった。これは便利だったなぁ。
19inchのディスプレイを購入したのもこの頃かぁ。いまだ現役なんだけどもうかれこれ4年も使ってるのねぇ。
この年の3月にResourceEditorというJavaの簡易エディタを作った。初めてのオープンソースツールかぁ。元々自分の学習用に作り始めたんだけど結局1年で飽きちゃったんだよね。でも希に使ってくれている人もいたらしい。
そしてRubyに出会ったのもこの頃。そのころはJava/Swingがとても遅かったのでスクリプト言語のRuby/GTKのきびきびした動きに感動した記憶がある。そんなこんなでRuby/GTKでRuWeexというツールを作ってみた。6月くらい。ruby-listに入ったのもこの頃じゃないかなぁ。
Ruby/GTK用のドキュメントが少なくGTK+のことも良く知らなかったのでいろいろと試しながらオリジナルドキュメントを作っていこうと思い立ったのが8月くらい。以後「Ruby-GNOMEメモ」としてひたすらウィジェットの使い方を勉強してはまとめていった。
たまに遭遇したRuby/GTKのバグをruby-extにレポートしたりパッチを送ったりしだしたのもこの頃だ。
ATOK X購入もこの年かぁ。まだ現役だよ(^^;)。そういや新しいの出るんだよね。Mozilla M18なんていう記述が。懐かしい。
年末にCyber Shotを購入してUSBで接続できたって喜んでたっけ。
■ 2001年
Linuxカーネルが2.4.0に。転職の関係もあってか、この年の目標は「国際化(英語化)」だったらしい。サイトも英語版を用意するようになっていった。LVMとか新しい機能を試したりして相変わらずコンパイルしてる。
インターネットへのアクセスがADSLになったのもこの年だ、あぁ、都内に引っ越したタイミングで切り替えたんだっけ。
SonyのCLIEをUSB経由でjpilotとシンクさせたりしてるな。
この年の後半からRuby/GTKのメンテナがいがらしさんからNeilに移ったんだ。下手な英語を駆使してそれまでに溜まっていたパッチを送って取り込んでもらった。
Ruby-GetText-Packageをはじめたのもこの年の12月。当時あったいくつかの実装からPure Rubyなものを集めてきて手を加えたんだったっけ。当時はRuWeexのために作ったんだけど今じゃRuby-GetText-Packageしかメンテしてないね。
そうそう、この年の後半、ローカルに書いていた日記をtDiaryに移行してる。ちなみにその日記はというと今見てもローカルに留めておいて正解な内容だ。今はもったいないからできないけど、これはいつか人知れず削除しよう、人として(^^;)。
■ 2002年
この年のはじめからXREAに無料でサーバスペースを間借りし、tDiaryを導入した。徐々に内容がコンパイル&インストールとか設定ネタからRubyネタに移行している。1月ほどでLinkavailable: Ruby,diaryに補足していただいてその頃から見てくれてる人が急増した。
付箋/RubyにL10n化のパッチを作って取り込んで頂いたりしてる。
GTK+-2.0がリリースされたのもこの年だ。Ruby/GTKはどうなるんだろう、と人ごとのように考えてたんだよな。
tDiary周りで自分にとって必要な機能(主にプラグイン)をガシガシと実装したのもこの年だ。yasqueeze.rb(現squeeze.rb)、search_form.rb, fortune.rb, a.rb, fuseji.rb, snake.rb, counter.rb, tDiary Plugin Viewer, disp_referrer.rb等。
xrea + tDiary + NamazuというXREA上でtDiaryとNamazuを動かすということを備忘録として書いたんだけど結構参考にしてくれた人もいるみたいで良かった。tDiaryのプラグインのTipsを書いたりもした。
でも、この年の最大の事件は、4月、なかださんの「やってやって:-)」の一言でRuby-GNOMEを引き受けることになってしまったことだろう。なんて大それたことをしてしまったんだ、オレ。さらに追い打ちをかけるように(?)5月にRuby-GNOME2をはじめてる。実はNeilの動きがとても悪かったのでRuby-GNOMEとは別れてRuby-GNOME2の準備を始めてたんだよなぁ。Ruby-GNOME2だけで行こうと思ってたんだけど期せずして両方引き受ける形になってしまったんだっけ。ちょうど半年くらい酒井さんと久保さんと悶々と実装をして11月に0.1pre1をリリース。大変だった...。rbbrもRuby/GTK2化したんだっけ。それを追い越すようにGTK+-2.2.0リリース。ついてイケねーと肩を落とす。
OpenBlockSSを買って遊んだのもこの年。SegLEDというOpenBlockSSのLEDをいじって遊ぶRubyライブラリ書いたり。今じゃブートすらしないよ(T_T)。
あ、そうそう、この年の5月から技術的ではない話題(まさに日記的な部分)は別のところに書くようになったんだっけ。
■ 2003年
もうこの年になると自分でコンパイルするのはRubyとRubyの拡張ライブラリのみ、という感じだ。
Ruby-GNOME-0.34をリリース。これが現時点では最後のRuby-GNOME(1)リリースとなっている。さすがにもう良いよね。
Ruby-GNOME2は着々とリリースを重ねていく。リリースを重ねるたびにライブラリが増えていく。きちんとメンテナンスし続けられるのだろうかとさすがに焦った。さかいさんのおかげでCygwinやMinGWでもコンパイルできるようにもなった。徐々に対応アプリも出始めたので見つけたら紹介するようになる。
Ruby-GNOME2のサイトをWiki化したくてRWikiを使おうと考えてたんだけど、どうもホストサイトのSF.jpでは常駐プロセスを起動できなくて断念。しょうがなくHiki/RD+を作ってRuby-GNOME2サイトをHiki化した。その関係でHikiの国際化も進んだんじゃないかなぁとちょっと自負してる。日本語、英語、フランス語、イタリア語のリソースを用意できた。そうそう、HikiのページIDという概念の導入も今思えば正解だったと思う。URLがわかりやすいというのは重要だよね。Hiki関連では他にtotalpages.rb, news.rb, title.rb, referer_hide.rb, refererrmap.rb, option.rbなんていうプラグイン達を作った。
tDiary周りではドキュメントのWiki化に伴うライセンスの不明確さが納得いかなくてtDiary-usersに参加するのはやめて自分のサイトに載せることにした。自分のサイトもHiki化したけどCMSとしてHikiを利用するので書き込みは不可とした。
この頃からWikiの匿名性に疑問を抱くようになった。プログラムを書く人はGPLとか厳しいことを言うのに、ドキュメントに関しては無頓着な人が多いとも思った。というか、オレが異端ということか。
■ 2004年
あいかわらずRuby-GNOME2で忙しい日々を送る。なんでやってもやっても終わらないんだ、とたまにすねてみる。
気がつくとGTK+-2.4が。GTK+-2.2にすら対応できていないのに....といいつつ、この1年でようやくGTK+-2.4.xに追いつくことができた。サブライブラリも増え続け、結局、現在、20を超えるサブライブラリを含むプロジェクトになった(なってしまった)。
Ruby-GNOME2のサイトの方はさらにドイツ語、ポルトガル語(ブラジル)が増え、英語版APIリファレンスも少しずつだが充実してきた。まだまだ不完全なんだけどね。
Hiki周りではドイツ語、ポルトガル語(ブラジル)のリソースを提供したのと、あとはlink.rbを作ったくらいか。活動量は確実に減ってきてる。あとはキャッシュ化による高速化もしたんだけどこれは本家には取り入れられなかった。残念。時代はmod_rubyか。でもmod_rubyって使える環境限られるからなぁ。
tDiary周りではリファラスパム増加に耐えきれず、久しぶりにrefedit.rbというプラグインを書いたけど、またしてもドキュメント周りで一悶着。
ついでにRSS周りのライセンス問題で一悶着。こちらはオレの無知ぶりを発揮してしまったが、理解するにつれ、現状のRSSがドキュメントをパブリッシュするということに使うには中途半端な仕様、あるいは中途半端な実装が多いと考えるに至った。
■ まとめ
なんつーか、趣味の割にはそれなりにいろいろやってきたと思う。数百人の方々が毎日見てくれているなんて当初は考えもしなかったなぁ。それに数名だとは思うんだけど、日本語を母国語としない方々が見てくれているらしいことも驚きだ。
逆になんとなく昔に比べていろいろな意味で窮屈になってきた気もする。自分が思っている以上の反響があるというのは良いときも悪いときもある。でも、自分勝手な考えかもしれないけど、自分自身の考えをまとめるために他の人の力を借りることができたというのはやっぱり得難いものだよね。
■ で何が書きたかったかというと
ここまで読んでくれたあなた、ありがとう。長文ごめん。もうちょっとだけ。
つまりだ。こう読み返してみたら最初の頃は確かにLinuxに関する備忘録だったんだけど2001年の後半からRubyが主な内容になってきて「Linuxビボ〜ろく」という名前があわなくなっていることに気づいたんだよね。いや、実は前々から気づいていたんだけどさ。
そんなわけで、いろいろ考えたんだけど「Linuxビボ〜ろく」はもう終わりにすることにするよ。みんなアリガトね。

「終わる」ってどういうこと?<br>タイトル変えるだけ?
更新はしばらくやめます。いろいろ考える時間を持ちたいと思います。前向きに言えば充電期間ということで、タイトル変えてまたどこかで始めるかもしれませんが現時点ではお約束できません。<br><br>もちろん、オープンソース系の開発・メンテナンスを突然止めると言うことではないのでその点はご安心ください。